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zoom RSS 手紙/東野圭吾

<<   作成日時 : 2006/05/20 11:34   >>

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手紙
(あらすじ)
武島直貴の兄・剛志は、弟を大学に入れてやりたいという一心から、盗みに入った屋敷で、思いもかけず人を殺めてしまう。判決は、懲役15年。それ以来、直貴のもとへ月に1度、獄中から手紙を送る剛志。一方で、進学、恋人、就職と、つかもうとした人生の幸福すべてが「強盗殺人犯の弟」というレッテルによって、その手をすり抜けていく直貴。日を追うごとに、剛志からの手紙は無視され、捨てられ、やがて…。

(ネタバレ・感想)再読3回目
強盗殺人の罪で服役した兄の剛志。両親は既に他界し、頼る身寄りもない直貴。
 常に「殺人者の弟」というレッテルを背負い、立居いかない暮らしの中で、所内から送られてくる兄の気楽な手紙。
 しだいに兄の存在が、世間から差別をさせる。それは、逆差別。
 そして直貴の道を閉ざしていく、夢を奪っていく、新しく出来た自分の家族さえも巻き込んで・・・・・・・。

 この小説は、東野さんの自論を交えて建前論に終始しません。

 兄の所業を隠して入った会社の社長の言葉・・・。

「差別はね、当然なんだよ」
 
 「我々は君のことを差別しなきゃならないんだ。自分が罪を犯せば家族をも苦しめることになる―すべての犯罪者にそう思いしらせるためにもね」

 平野社長のこの言葉は、正論かもしれない。しかし正論であるがゆえに誰も直視しない言葉。
 誰もが隠し、曖昧にして濁し続けてきた命題かもしれません。

 ただ簡単に結論が出せることでもないのです。
 絶対に犯罪者の家族を差別しない、と道徳の教科書みたいなことを語れないし、社長のように、それが当たり前だと、加害者家族に肯定を求めることもできないのです。

 その矛盾にあなたならどうするか?をやはり問いかけられているのでしょうか。

 罪を償うこととは・・・。
 お互いのまったく違う空間のなかで、罪はやはり償いきれない。
 被害者にとっては加害者に連なるひとまでをも憎む気持ちを消すこともできない。
 そこで許して終わらせるわけにはいかない事なのですから・・・。

 お互いがもういい、終わりにしよう。と思える錯覚を懐けるまで罪は永遠に続いていく。


 確かに創り上げられた兄弟、これ見よがしのお涙頂戴という書評もありましたが、この兄弟であればこその問いかけであることは間違いありません。
 他の人物造形で、この想いはやはり生まれてこないのではないでしょうか。

 剛志がもっとちゃらんぽらんでこんな奴はっ、と吐き捨てられる存在であれば、もう少し解釈も変わるのでしょうが・・・。
 この兄弟は、あまりにも愛すべき人でありすぎます。
 
 兄貴、俺たちはどうして生まれてきたんだろうな―。
 兄貴、俺たちでも幸せになれる日が来るんだろうか。

 この言葉がもたらすものは何なのでしょう、別の道を精一杯生きようとするその姿を、イマジンを歌いだせない直貴の張り裂けそうな心の音が聞こえてきそうで・・・・。
 幸福をやはり願わずにはいられない自分も存在するのです。

 造られた涙・・・などといわずに本書を手にとって見てください。
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