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zoom RSS 繋がれた明日/真保裕一

<<   作成日時 : 2007/12/06 22:19   >>

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繋がれた明日 (朝日文庫)
内容(「BOOK」データベースより)
この男は人殺しです―。仮釈放となった中道隆太を待ち受けていた悪意に満ちた中傷ビラ。いったい誰が何の目的でこんな仕打ちをするのか?孤独な犯人探しを始めた隆太の前には巨大な“障壁”が立ちはだかった…。殺人を犯した者の“罪と罰”の意味を問うサスペンス巨編。

(ネタバレ・感想)
 真保さんは初である。
 本書は、NHKドラマにもなっているらしいのですが、実際のところ見たことはありません。
 よく東野さんの「手紙」と比較されていて、かなり絶賛されていたので読んでみました。

 ケンカのはずみでチンピラを刺し殺してしまった少年。
 六年の檻の中での生活から仮釈放される。社会復帰をしていくために色々な困難にぶつかりながら家族を想い、保護司に助けられながら更生していくという話である。

 読み終わって感じたのは、なぜ本書と「手紙」が比較されているのかが良くわからなかったことである。
 土台にしている部分で似ているのは、殺人を犯してしまったという部分だけである。
 主人公の中道は自分で犯した罪について悩むわけだが、「手紙」は殺人を犯した兄を持つ弟の立場で悩んでいく、そういう部分だけでも捉えている部分はかなり違う位置にある気がするのだが・・・。
 東野さんの根底には、罰とは家族までをも巻き込んでこそ罰なのではないか?そしてそれを受けなければならないことをきちんと理解しておくべきだ、というような想いがあったと思うのである。
 本書はまさしく自分の罪に対しての本当の更生とはどんなことか、本当に更生はできるのか、というあたりに主眼がある気がしたのだが・・・。

 正直どちらも素晴らしい作品だと思うし、どちらが良かったなどとは個人の感覚の話だろうし、特に比較する必要を感じませんでしたがねぇ。
 
 しかし、本書で描かれた中道の姿は、本当に恵まれた環境にあったからこそなし得た更生ではないだろうか。ここまで周りから手助けをされながら裏切り続けるようなことは人としてはできない。いや、してはいけないだろう。
 最後の中道の姿は微かな感動をはらんでいるとも思うが、そこまで理想通りにはいかないのが現実ではないか、とも思ってしまうのだが・・・どうなのだろうか。

 確かに人を殺してしまった。それは罪だろう。だが、悪いのは自分だけか?
 中道が本当の更生へ歩めない心のわだかまり・・・。
 本書は、一つのアンチテーゼとして罪を犯してしまったときこんな無常な思いを抱き続けねばならないということを、戒め的に捉える必要がある気がする。
 本書が、ただの更生して良かったね、感動したね、で終わってはいけない。
 ほんとの罰ってなんだ
 ほんとの更生ってなんだ
 時間を費やせばそれが罰か
 ほんとに罪は償えるのか・・・。
 それこそ、被害者と加害者による永遠のミステリではないか・・・。
繋がれた明日 (朝日文庫)

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